馳浩石川県知事の学歴や経歴は?元高校教師のプロレスラー!

馳浩 学歴 経歴
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石川県知事に当選した馳浩氏に注目が集まっていますね。

元プロレスラーとしても有名な馳氏。

彼は一体どのような経歴をお持ちなのでしょうか?

調査してみました!

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馳浩氏のプロフィール

馳浩氏「衆院選不出馬、石川知事選へ」 県連幹部に意向伝える | 毎日新聞

名前:馳 浩(はせ ひろし)

生年月日:1961年5月5日

出身地: 富山県西礪波郡砺中町(現・小矢部市)

所属政党:自由民主党

配偶者:高見恭子(タレント)

馳氏は富山県西礪波郡砺中町(現・小矢部市)で農家の三男として生まれ、

後に親族であるリンゴ農家の馳家の養子となり石川県金沢市で育ちました。

馳浩 幼少期

幼少期の馳浩氏。

そんな馳氏は小学校から剣道を始め中学に上がった後も剣道部に所属していましたが、

中学2年生の時に当時廃部となっていた相撲部の復活と共に相撲部へ移籍します。

相撲部では格闘家の片鱗をみせていたそうで、この時から運動神経が抜群だったとの事。

 

 

馳浩氏の学歴は?

馳氏の学歴についてまとめました。

星稜高等学校

馳氏は地元の中学校を卒業後、星稜高等学校へ入学されています

星稜中学校・高等学校

星稜高等学校の校舎。

星稜高校の偏差値は55~67。

ご存知の方も多いと思いますが、元プロ野球選手・松井秀喜さんの母校でもあります。

他にも多くのスポーツ選手を輩出しており、

  • 本田圭佑(サッカー選手)
  • 豊田陽平(サッカー選手)
  • 奥川恭伸(プロ野球選手)
  • 岩下大輝(プロ野球選手)

などがいます。

高校に進学した馳氏は相撲を続けるつもりでいたそうですが星稜高校に相撲部はありませんでした。

小学生の頃にやっていた剣道部に再度入部しようと考えていた所、

2Fの剣道場に向かう途中の1Fでレスリング部の先輩達の勧誘を受け、

面白そうだな。ちょっとのぞいてみようと見学だけのつもりで行った所、

その場で名前を書かされ次の日から玄関まで先輩が迎えに来るようになり、

そのままレスリング部に入部する事になったそうです。

すると馳氏の才能は見事に開花し、高校三年生の時に国体で優勝を果たしました。

 

専修大学

高校で輝かしい成績を残した馳氏は専修大学へ入学されました。

専修大学 校舎

専修大学の学舎。

専修大学の偏差値は47.5~60。

専修大学からは約300人の有名人・著名人が排出されています↓

  • 仲村トオル(俳優)
  • 永島敏行(俳優)
  • 長州力(プロレスラー)
  • 東国原英夫(元宮崎県知事)
  • 安藤正則(元プロ野球選手)
  • 黒田博樹(プロ野球選手)
  • 高山薫(プロサッカー選手)

などなど、挙げればキリがないほど…

高校時代に国体優勝を果たしている馳氏は専修大学でも主将を務めるなど活躍しています。

レスリングに励みながらも馳氏は大学で国語の教員免許を取得しました。

これぞまさしく文武両道と言うべき学生生活と言えるでしょう。

そして専修大学を卒業した馳氏は1984年のロサンゼルスオリンピックに、

日本代表として出場する事となりました。

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馳浩氏の経歴

馳浩 経歴

ロサンゼルスオリンピックに出場した際の馳浩氏。

大学で国語の教員資格を取得していた馳氏は母校の星稜高校で教鞭をとりながら、

ロサンゼルスオリンピックにレスリング日本代表として出場を果たしています。

仕事と競技の両立はかなり大変だったと思いますが、

オリンピック出場は教員として大きな財産になるだろうと考えての出場だったそうです。

その後1985年にジャパンプロレスに入団、1987年には新日本プロレスに移籍しました。

馳浩

プロレスラー時代の馳浩氏。

1985年にプロレス界に入ってから10年間、ファンの記憶に残る多くの名勝負を産み出します。

それから9年後の1994年には当時モデルだった高見恭子さんとご結婚を発表。

馳浩 高見恭子

※写真は2014年頃の馳浩さん(右)と奥様の高見恭子さん。

公私共に順風満帆な馳氏に転機が訪れたのは1995年の事です。

当時自由民主党の幹事長だった森喜朗氏にスカウトされ、第17回参議院議員通常選挙に

石川県選挙区から自由民主党の推薦を受けて無所属で立候補し、

民主改革連合現職の粟森喬氏を破り見事初当選を果たしました。

その後はプロレスラー兼政治家として地道な活動を続け、

2003年9月25日に文部科学大臣政務官に就任します。(2004年9月27日まで)

2005年11月2日には文部科学副大臣に就任。

2006年8月27日に両国国技館で引退試合を行いプロレスラーを引退しました。

馳浩 引退

引退試合に勝利した馳浩氏。

その後は政治家として活動を続け2015年10月には第20代文部科学大臣に就任。

そして2021年7月、任期満了に伴い2022年3月までに行われる石川県知事選挙へ出馬し、

衆議院選挙に立候補しないことを表明します。

2022年3月13日の投開票の結果、元金沢市長の山野之義氏ら4候補を破り初当選を果たしました。

馳浩 初当選

石川県知事に当選した馳浩氏。

文武両道を突き進んだ馳氏が次にチャレンジするのは県政。

今後石川県知事としてどのようなご活躍をされるのか非常に楽しみですね。

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あとがき

いかがでしたか?

今回は石川県知事に初当選を果たした馳浩氏について調査してみました!

文武両道を突き進んで来た馳氏の今後の動向に要注目ですね。

それでは、今回はこの辺りで失礼します(^^)



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